2016年11月29日火曜日

感情と筋肉・関節のつながり~クリティカル・シンキング(問題を特定し最適解に辿り着く思考)

12月4日(日)の薬院校開校2周年記念集中講座12月11日(日)の下関集中講座で、感情と筋肉・関節のつながりのお話をします。

痛みと脳機能の説明などが中心となります。

そして、感情を安定させt、筋肉・関節の機能を改善し、痛みを消失させるために、

クリティカル・シンキングの解説をします。

あらゆる物事の問題を特定して、適切に分析することによって最適解に辿り着く。

そんな思考方法を学びます。


行動を改善するためには、頭を良くする必要があります。

認知の歪みを修正する必要があるのです。


認知心理学的に何がおかしいのか、徹底的に掘り下げる必要があります。


頭が悪いと身体が動かないし、身体が動かないと頭が悪くなります。

思考も感情も行動も、脳で制御していますからね。


では、クリティカル・シンキングとは、どんな考え方なのでしょうか?


クリティカル・シンキング

クリティカル・シンキング(英: critical thinking)とは、あらゆる物事の問題を特定して、適切に分析することによって最適解に辿り着くための思考方法である。

ただし、「批判」の定義については論者によって異なり、多くは単に批判的になるのではなく、自身の論理構成や内容について内省することを意味する。

「批判的思考」がどのような意味を持つかについては学者によって異なるが、たとえばD. F. Halpernは、「批判とはあら探しではなく、理想的には思考過程を改善するための情報の提供をも意味し、批判的思考とは、複雑な判断、分析、統合、また省察的な思考や自己モニタリングを含み、文脈に敏感な高次元の思考技能」としている。批判的思考の定義としては、望ましい結果を得る可能性を増大させるために認知的な技術や方略(方法)を用いることといった定義がある (D. F. Halpern)。
またLeftonは批判的思考を「証拠を評価し、選択肢を検討し、結果を査定し、結論が意味があるかを決定すること」からなりたっているとしたうえで、バイアスを避け、評価的になり (be evaluative)、過度の単純化を避け、事実の関連性を決定し、事実を疑い、すべての議論を考慮すべきであるとする。

道田泰司の定義では、
「批判的思考とは、批判的な態度・懐疑によって触発され、創造的思考や領域固有の知識にサポートされる論理的な合理的な思考である」となっている。また道田は「見かけに惑わされず、多面的にとらえて本質を見抜くこと」と平易な定義を述べてもいる。

批判的思考のガイドライン
Carole Wadeen:Carol_Tavris は、批判的思考のガイドラインを次のようにまとめた。
・問いをたてる。
・問題を定義する。
・根拠を検討する。
・バイアスや前提を分析する
・感情的な推論(「私がそう感じるから真実である」)を避ける。
・過度の単純化はしない。
・他の解釈を考慮する。
・不確実さに堪える。

またLeftonは次のようにまとめている。
・利用可能なもの、最初の思いついた答えに固執しない。
・あまりに早く一般化しない。
・楽な解決に固執しない。
・最初の答えに合致するような決定に固執しない。
・一部の利用可能なアイデアや前提の検討だけに終始しない。
・感情的にならない。
・もともともっている考えに固執せずに、オープンになること。

間違った議論を回避するためのクリティカル・シンキング
クリティカル・シンキングでは、間違った議論や推論、論理展開(「誤謬の議論」)をできるだけ回避する努力を常に持つべきであるとされる。

誤謬の議論の種類
「誤謬の議論」には、三段論法の間違いのような基本的な論理展開のミスから、はぐらかし術、先入観注入・感情論など多岐にわたる。分類によっては100以上を挙げるものもある。以下、誤謬の議論の種類をあげる。

論理的な間違い
論理的な間違いの種類としては以下の通り。
・誤った二分法。「白黒思考」(black-and-white thinking) ともいわれ、過度な単純化による二者択一は問題とされる。
・全称の誤用 (false universal): 例外を無視した一般化で「例外の撲滅」ともいわれる[5]。「誰もAを支持しない」の「誰も」は例外を無視している。
・合成の誤謬 (fallacy of composition):
「ある部分がXだから、全体もX」という議論。
・分割の誤謬 (fallacy of division)
「全体が X だから、ある部分も X」という議論。
三段論法の基本的な間違いとしては以下のものがある。
・媒名辞不周延の誤謬 (fallacy of the undistributed middle)
・後件肯定の誤謬 (affirming the consequent)
・前件否定の誤謬 (denying the antecedent)
・循環論法 (circular reasoning)、論点先取 (begging the question): 証明で真偽不明の前提を使ってしまう論理的誤りを論点先取といい、それが循環論法をひき起こす。
・未知論証(argument from ignorance, ラテン語でargumentum ad ignorantiam): 前提がこれまで偽と証明されていないことを根拠に真である、あるいは前提が真であるということが証明されていないので偽であると主張する誤謬。

帰納法関係の誤謬
・早まった一般化 (hasty generalization, jumping to conclusion): 世論調査など統計をもとに論じる場合、有意なだけのサンプル数が必要であるし、その場合でも、大体の割合しかつかめないため、全称命題的に結論を出すのは慎重を要する。
ステレオタイプ化 (stereotyping): 性差、人種、職業、出身地などステレオタイプによる決めつけ。
誤りのある標本 (false sampling)
観測結果の選り好み。検証バイアス、確証バイアスとも。

因果関係理解の誤り
因果関係の逆転
因果判断の誤謬 (false cause)
滑り坂論法 (slippery slope): ひとつの問題点を取り上げ、あたかもそれだけがどんどん事態を悪化させる絶対的な原因であるかのように強調する誤謬。

用語選択の誤り
充填された語 (loaded language): 論題に関して感情的な先入観を持たせようとして文の中に挿入した語句のことを指し、具体的には、議論の内容が客観的に十分に紹介・議論される前から、話者が自分の評価を盛り込むことで、最初から話に色をつけ、受け手に先入観を持たせようという議論で、ミスリーディングを導く。解決策としては、決めつけてきたことの理由や、前提と決めつけた結論とのつながりを問う、また客観的・非感情的・非評価的表現で訂正した言い方を示す、などがある。
多義語の誤謬 (equivocation) また媒名辞曖昧の誤謬 (fallacy of the ambiguous middle) などでは、語の定義が多義であることからくる混用などが、誤謬の起因とされる。
類比の誤り (false analogy)

論点のすり替え
論点ずらし、論点のすり替えには以下の種類がある。
・権威に訴える論証
・伝統に訴える論証:「前例がない」として却下することが常に行われると進歩がなくなる[5]。
・多数派論証(衆人に訴える論証) (appeal to bandwagon, appeal to popularity)
・人格攻撃論法(人身攻撃)
・状況に基づく対人攻撃論法 (ad hominem circumstantial)
・お前だって論法 (Tu quoque)
・多重質問の誤謬 (loaded question)
・わら人形論法(ストローマン, straw man)
このような誤謬を発する人には特定の人や立場に偏見を持って、話を聞こうとしない姿勢から誤謬が生じることが多い。誤謬を解消するには、「初めに敵ありき」的な議論をする人が、議論姿勢を改めるか、あるいは、敵対的な議論で議論を打ち切ろうとする人が公平な議論を阻害しているということを多くの人が納得するまで事態の推移を辛抱強く待つか、のどちらかが一般的な解決法である。

好意の原則
道田泰司は、批判的思考を行うためにもっとも重要なことに好意的な理解をあげる批判(吟味、省察)を行うには、まずはその対象や問題をきちんと理解していなければならない。十分な理解の努力なしに行われる批判は、たんなる誤解や、挙げ足取りや、本質的ではない議論にしかならない。言語学者が現地言語を理解する際のように最初から「相手がいっていることが正しくない」と想定してしまうと、相手を理解することもできず、また「相手のいっていることが正しくない」と結論することもできなくなってしまう。そのために、好意の原則(善意解釈の原理、principle of charity)が必要とされる。
この好意の原則を平易にいえば、ひとの発言を理解しようとするとき、そのひとの言っていることを基本的に正しいとすることである(富田恭彦)。批判的思考を行うためには相手のいうことを正しいとみなしたうえで、さらにつじつまが合うように解釈しなければならない(野矢茂樹)。これは「共感的理解の原則」ともいわれ、相手を批判する前に自分の理解そのものを批判の対象とすることである。

暗黙の前提を明らかにする
形式論理学を日常的な推論に適用する非形式論理学 (informal logic) においては、隠れた前提や、それに由来する誤謬推論を明らかにすることで、議論の強さ弱さが評価される。そのような暗黙の前提を明らかにすることも批判的思考の思考技能のひとつである。
たとえば「女の子だから、はしたないことをしてはいけない」という主張には、女性を特別扱いしようとする偏見が隠されている。省略された前提を明確にすることで、自分が無意識に信じている偏見や独断を自覚することが可能となる。また、暗黙の前提を検討することで、相手の偏見や独断を明らかにすることも可能となる。相手の暗黙の前提が明らかになるとともに、自分の暗黙の前提との違いが明らかになるという比較の作業においては、「自分にとって都合のいい前提を、相手にとって都合のいい、相手に好意的な前提におきかえること」が重要なことであり、これが好意の原則に基づく理解といえる。
理解と批判の往復運動によって、理解はさらに深まり、疑問をもつことによって理解が深まる。「理解のための批判」ではなく、理解を目的としない「批判のための批判」しかない場合には、対立しか生まれない。また賛同するだけでそこに批判が介在しなければ、馴れ合いになる、とされる。

引用ここまで


身近に具合が悪い人がいたら、少し観察してみてください。

クリティカル・シンキングの逆をいっていると思います。

赤字の解説通りに論理が破綻していて、身体だけでなく人間関係も破綻しているはずです。

自分の理解そのものをクリティカルに考えることができないと、破綻するしかありませんから。


これから、わかりやすい内容になるように、配布資料をつくります。

参加した人の人生が最適解になるように!!