2016年10月31日月曜日

日光いろは坂紅葉リトリート報告~おとなの修学旅行的なw

写真を見れば、その素晴らしさがわかると思うので、写真を載せてみる。

あえて、順番はバラバラにしてみたw

こんな楽しい学校、そうはないと思う。
























自信をもって言える。

「安部塾に入塾しないなんて、もったいなさ過ぎw」

本気でそう思う。


こんなに自然な笑顔が溢れる場所には、なかなか出会えない。

みんな、子どものような顔をしている。

僕は父親の顔。

ある意味、ちょっとした家族のようなものなのかもしれない。


11月11・12・13日(金・土・日)は、薬院校の出雲リトリート。

参加しないなんて、どうかしていると思う。

割と本気でw

2016年10月24日月曜日

らせんの動きでボールを投げてみよう~本来、ボール投げは楽しいもの。人間本来の自然な動きだから。

最近の集中講座はメンズ祭り(笑)。

筋力あるから、連鎖が力強い!!

らせんの動きでボール投げ

らせんの動きは美しい。

らせんの動きでボール投げ(頸反射による加速)

生涯最高に気持ちが良い投球だったそう。

先生冥利に尽きる。


リクエストされたので、僕も軽く投げてみた。

らせんの動きでボール投げ(キャッチボール用フォーム)

いつも授業で教えている8パターンの連鎖の組み合わせになってるのがわかると思う。

すべての連鎖が生み出す動きは、野生動物のように見えるはずだ。


意識的な力を抜いて、足趾・足底からのらせんの力を連鎖させて投げる。

見た目、力が入っていないのにボールが加速する。

腕が、龍のような動きでボールを射出する。

肩甲骨が胸郭上(肋骨の上)を滑っているのが、動画でわかると思う。


正確には、無駄な力を抜いているからボールを加速できる。

リキミは連鎖を断ち切り、自らの身体を壊す。

投げている意識=やっている感満載の動きは自己破壊の動き。

らせんの力が全身を駆け抜けていく感じが出せれば、身体の調子がアガル。


らせんの動きでボールを投げると、とてつもなく気持ちがいい。

だから、ずっとやっていられる。

てか、参加者が休憩してくれない。

面白くてやめられないのだ。


身体の状態を改善するボール投げの研究を続けたいと思う。

緊急!・10月24日(月)塾長グループレッスンやります。27日(木)アベの居ぬ間にらせんの動き練習会やるそうです。

今週10月26日(水)から、関東出張のため、24日(月)グループレッスンをやります。

<<10月24日(月) 塾長グループレッスン>>

13:30~ 

18:00~

19:30~

御参加、お待ちしております。


27日(木)薬院校で塾生たちが、らせんの動き練習会をやるそうです。

19:30~

10/27(木) らせんの動き練習会

こちらの方も、御参加くださいw

2016年10月23日日曜日

プールスティックやり投げ~らせんの動きを理解するw イボイボボールエクササイズ

下関集中講座の様子。

愛すべきバカたち(塾長含む)w

プールスティックやり投げ

これ、らせんの動きで投げないと、ちゃんと飛びません。


大真面目にプールスティック投げてますw


来月公開予定の新エクササイズ。

イボイボボールエクササイズ

驚くほど、肩甲骨の機能が改善します。

見様見真似では効果出せませんがw


てか、やっぱり愛すべきバカたちだと思う(塾長含む)w


本気の安部塾になって、内容の濃さが鰻登りw

相手にどう変わって欲しいのかを考えるのではなく、自分がどういう風に変わればいいのかを考えるにこしたことはないw

今日も、Twitterから。

希望と義務を取り違えないにこしたことはありませんw



愚痴を言う人は残り、変わる人は移動していく。


いまから下関。

今日の内容はスゴイぞw

2016年10月22日土曜日

いじめは、いじめる側の問題か、いじめられる側の問題か?

@harukazechanさんのツイート(https://twitter.com/harukazechan/status/788177559871627265?s=09)をチェック

なんか盛り上がってるので便乗。

小松先生が、以前、DVについてコメントされてあった。

僕的に意訳すると、やる側は物理的加害者で、やられる側は精神的加害者という感じ。

やられる側はパートナーが変わっても、相変わらずやられる。

やる側はパートナーが変わると、やらないことがある。

というデータもあるらしい。

これはそのまま、いじめの問題にも言えるかもしれない。

圧倒的正論で、いじめはいじめる側が悪い。

議論の必要はない。

目的論的にも、いじめる側にいじめたいという目的があるのは明白である。

いじめられる側は悪くない。

悪くないのだが、いじめられたいという目的があることがある。

そして、その目的にまったく気づいていない。

自覚がないのだ。

まったくの第三者的視点で、いじめの現場を観察すると、いじめたい人といじめられたい人が出会っただけなのがわかる。

当たり前のことなのだが、いじめたい人に出会わなければいじめは生まれない。

それと、これはよく言われることだが、いじめる人は、無差別にいじめているわけではない。

ちゃんとターゲットを選別している。

多分、シャドウ的な意味で、いじめる側は、いじめられる側の中に自分の姿を見るのだ。

似た者同士ということ。

これもまた当然のことだが、同じ資質がなければ関係は生まれない。

この意味で、いじめのない社会をつくるより、いじめのメカニズムを理解した聡明な人たちを増やす方がいいと思う。

正論を振りかざすのも、ある種のいじめだから。

脳が慢性的な痛みをつくりだすように、いじめをつくりだしているのも脳の働きなのである。

少し観察してみればわかるが、いじめ問題に縁がない人たちはみな頭がいい。

圧倒的に脳機能が高い。

だとすれば、最善のいじめ問題対策は「脳機能の改善」ということになる。

が、おそらく、いじめられる側の人たちは、脳機能の改善に取り組まない。

いじめられなくなると、いじめる側の人たちを責めることができなくなるから。

糾弾したいという目的があるとしたら、あらゆる手段を講じて、脳機能の改善を阻止するだろう。

調度、疾病利得がある人たちが、あらゆる手段を講じて病気であり続けようとするように。

痛みによって利益を得ている人は、痛みを手放さない。

いじめられることによって利益を得ている人は、いじめられることを手放さない。

圧倒的正論で、いじめる側が悪い。

だからこそ、いじめられることによって、いじめる側を責めることができる。

だから、どこに行っても、同じようにいじめられる。

そういうことなのだと、僕は考えている。

僕の仕事は人気稼業だ。

人間的に魅力がある人は、どこに行っても大切にされ、集客に困ることはない。

そうでない人は、どこに行っても相手にされず、集客に困る。

ちやほやされる者と疎ましがられる者。

たまにはひとりにしてくれよと相手に懇願する者と、相手にしてくれないと相手を責める者。

相手の問題ではない。

自分の問題なのだと思う。

話を戻して、いじめる側が悪いのはわかりきったこと。

大切なことは、では具体的にどうしたらいじめという現象が減らせるかということ。

僕は、いじめられる側が自己肯定感情を高めるしかないと考えている。

いじめる側は、いじめられる側の中に、自分と同じ自己否定感情を見る。

それが、いじめという行為の発火点になる。

だとしたら、圧倒的に自分のことを肯定してしまえばいい。

きっと、滅茶苦茶モテるようになる。

いじめの反対はモテるではない。

無視されることだ。

いじめ目的の無視ではない。

存在にすら気づいてもらえないことだ。

つまり、いじめられる人はモテる人でもある。

自己否定を自己肯定に書き換えればいいのだ。

で、ここまで書いて気がついた。

いじめる人も、いじめられる人も、僕を責めたい人はこの内容を使って責める(笑)。

「アベを許さない‼」

「アベ死ね‼」

僕を責めたいという目的があるから、僕を責める材料を探す。

僕を責めても、いいことなんて何ひとつないのに(笑)。

僕のことが大好きでたまらない人は、書いてある内容の真意がわかる。

そして僕は思う。

「僕のことすら愛せない人間に、いじめを語る資格はない(笑)」

いじめについて語っていいのは、隣人を愛せる人だけだと思う。

だから、

「アベを愛す‼」

っていう人の意見しか、僕は聞きたくない(笑)。

なんか、オチがなくなってしまったので、チラシ裏の落書きということにしておこう。

2016年10月21日金曜日

結局のところ、カラダの強さがすべて、物を言う。愚痴らなやきゃやっていけない人間しかいない場所しか選択できないのは悲しい。

またしても、Twitterよりw





ですよね。


運動連鎖

身体を強くすること!

愚痴るような人間しかいない場所を選択しないこと。


明日の神戸も楽しみw

思いあがって上から目線で話すのは対等な人間関係ではないw

朝からコーヒー吹いてしまったw




いるいるw


状況を改善するために、相手を変えようとしてしまう。

これ、やると詰む。

他人から操作される事は誰もが鬱陶しく感じる。

なので賢者は、他人を変えようとはしない。

上から目線で意見するとかしない。

するのは愚者。

賢者は、自分が先に変わった方が良いことを理解できている。

愚者は、自分の意見を聞かない相手を変えようとする。


はい。ここで定番のこのツイート。




「馬鹿をなめたらいけないよ。馬鹿ってね、本当に馬鹿なんだよ」

「馬鹿をなめたらいけないよ。馬鹿ってね、本当に馬鹿なんだよ」

「馬鹿をなめたらいけないよ。馬鹿ってね、本当に馬鹿なんだよ」


大切なことなので3回言ってみたw


人は、それぞれが意思を持つ一個体。

自分以外の他者から支配を受けたり操作されるのは嫌なのだ。

他人を支配・操作しようとする行為は、人間関係を壊してしまう原因となる。

あらゆる問題は、人間関係の摩擦から起きることを忘れてはならない。



上から目線の人間が行き着く先は孤立・孤独だ。


「うん、クビ」

「うん、クビ」

「うん、クビ」


関係を切られるのである

当たり前のことだ。


対等な人間関係を理解するのは、上下関係でしか人を見れない人には難しい。

上から見線の人間に、明るい未来など存在しないw

今日の塾生講座で、少し解説したい。

自分の周りにいる人たちは、自分によく似た人たち。楽になるのも苦しくなるのも自分次第。

Twitterが楽しい昨今w

自分用メモ。















最近の僕の気分とピッタリ。

「ああ、私はこのオッサンの塾生なんだな。すげぇ学問を学んでるんだな」って思わせる生き方ってどうよw

僕に何かすすめられたら即効で買う。試す。実行する。で、感想をすぐに伝える。できるだけ早く。この方法はシンプルだけどものすごそう。

・・・って、そんな塾生だらけw

とかね。


いやー、塾生講座面白いわ。


平井さんw

手掌感覚訓練
ビーフシチューまわし

愛すべきバカだよね~僕を含めてw



2016年10月20日木曜日

鹿吉+孝人=吉孝~僕の原点

重い話が続いたので、少し軽い話を。


僕の曽祖父(父方)=鹿吉

鹿吉
僕の祖父(母方)=孝人

孝人と吉孝

鹿吉+孝人=吉孝という安易な名前。

でも、写真で見ると、この二人を祖にもてて良かったと思う。

鹿吉には会ったことないけど(笑)。

孝人は、ほんとに理想的な祖父だった。


孝人と吉孝

コピーかよってレベルで、顔・体型・姿勢が似ている。

日田に行くと、僕と同じ顔の一族がいる(笑)。

この血が入っていなかったら、僕は終わっていたと思う。

遺伝子の力に救われた。


ふと、久しぶりに姓名判断をしてみた(http://b-name.jp/

昔、ハマッて研究していたことがある。

陰陽のバランスがいいのを思い出した。

確証バイアスかかってるけど、面白い結果になった。



人格

地格

外格

三才配置
確証バイアス

確証バイアス(かくしょうバイアス、英: Confirmation bias)とは、認知心理学や社会心理学における用語で、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと。認知バイアスの一種。また、その結果として稀な事象の起こる確率を過大評価しがちであることも知られている。

引用ココマデ


こういうのは、いいとこどりすればいい。

なので、こうなる。

「スポーツと芸術を統合、感性と言語感覚を駆使して自己主張していく!」


まんま、現在の状況。

明るさとおおらかさ、明朗で活力旺盛、文武両道(笑)。


いま思い出したけど、小2のときに、この結果を得ていた。



「得意分野を親に潰された」


この気持ちの根っこはここかw

ひとつ謎が解けたw


まあ、あれだけ自己肯定感情が低い両親に期待するのが間違いだったわけなのだが。


で、これが、孤立して、犬しか友達がいなかった頃の僕。

愛犬と吉孝

この頃が、生涯で最も能力高かった(神童だったw)。

ここから転落・急降下して、いまだにこの頃の能力に戻れない。

育つ環境というのは、ほんとに大切。

出たばかりの芽を摘んでしまったら、もう二度とその芽は再生しないのだ。


才能は、発揮してなんぼなのである。


僕がいまでも、「芽を摘む者を憎む」のは、こんなとこに起因していた。

ブログを書いてみると、いろいろ思い出せて有益である。


自らを知る旅を来週に控え、いろいろ思い出している。

この2週間で、僕は激変する。

脳機能が壊れているから身体が壊れている・痛みを感じると考えるようになった理由

昨日の記事の続き。

今日も、そこそこ重い記事なので、読まない方がいいです(笑)。


僕には、重度心身障害者の妹がいた。

妹と僕

最初の頃は、それなりにコミュニケーションがとれていた。

年々、脳機能の崩壊が進み、身体の痛みを訴えるようになっていった。

そして、そのぶんだけ、コミュニケーションがとれなくなった。

ものすごく痛みで苦しんで、18歳で☆になった。


施設の理学療法士さんには、とても可愛がっていただいた。

満面の笑みで、いつも娘の機能改善に取り組んでくれていた。

あれこそが、人を愛する姿だと思う。

いま思えば、娘が理学療法士になったのは、妹の残留思念が働いたのかもしれない。


だんだん脳が壊れていく妹の姿を見て育った。

「慢性の痛みは脳がつくる」ということを、体感しながら成長した。

僕が、「頭が悪くなってるから痛いんですよ」と発言する理由。

慢性の痛みは、脳がつくりだしていると確信している。


この動画をはじめて観たとき、運命の銅鑼が鳴った気がした。





普通の人が、この動画を観て感じることと、僕が感じたことは違う。

体験がないから、理解し難いのだと思う。

妹の姿を見て育ってなかったら、僕もその程度の理解しかできなかったはずだ。

僕の仕事は、☆になった妹との共同作業なのだ。


だから僕は、自信をもってこう言う。

「頭が悪いから、痛いんですよ」

その意味を理解できたら、瞬時に痛みが消える。

最近では、舞さんの痛みが一瞬で消えた。


雰囲気だけのレッスンや、曲芸を披露してばかりのワークショップを見ると、げんなりする。

そんなことをしていても、時間とお金と心をなくしてしまうだけだと思う。

だから僕は、雰囲気だけのレッスンはしないし、曲芸も披露しない。

ただ、ほんとに脳機能が改善する身体操作だけを教える。


断言できるけれど、身体にだけ目を向けて運動ばかりをしてはならない。

心にだけ目を向けて、瞑想ばかりをしてはならない。

現実に目を向けて、対人関係を改善する方がいい。

対人関係を改善する目的で実施する運動や心の使い方は、脳機能を改善してくれる。


キャッチボールがわかりやすい。

お互いにお互いのことを考えていないと成立しない。

だから楽しい。

時間を忘れて投げ合っているうちに、脳機能が改善されてしまう。


他人を受け容れない人間が寄り集まっても、肯定的な変化は起きないと思う。

お互いに受け容れ合っているからこそ、肯定的な変化が起きるのだ。

きちんと境界線を引いた上で、お互いのことを思いやる「仁」のある場所。

それが、現在の安部塾だと自負している。


僕は、打ち上げ的なイベントに興味はない。

数年・数十年継続した人だけがわかることを教えていきたいからだ。

うまい話・おいしい話を求める人に、教えてあげれることなんて何もない。

膨大な知識を全部記憶しようとする人にだけ、僕は全力で教えたい。


港くんに狂信者と揶揄されるレベルで通えばいい。

揶揄されるのが誇りになるくらい。

学んだぶんだけ、肯定的な変化が起きるから。

妹が僕に身をもって伝えてくれたことには、それだけの力があるから。


次回は、自分のことを書こうかな(笑)。

2016年10月19日水曜日

暴力を行使するから人間関係が破綻するのではなく、人間関係が破綻しているから暴力を行使する。

さっきの記事の続き。

重い話なので、読まない方がいいと思う(笑)。


今日、このツイートを読んで、48年間の疑問が氷解した。


僕は、父親に殴られて育った。

母親は、殴る父親を制止しなかった。

そして、僕の父親もまた、祖父に殴られて育った。

そして、祖母もまた、殴る祖父を制止しなかった。


僕の家は、僕が生まれたときから破綻していたのだ。

破綻していたから、暴力を行使するしか選択肢がなかった。

そんな中で育った僕は、良好な人間関係の構築の仕方を学べなかった。

結果、良好な人間関係を築けずに生きてきた。


僕は、父親が心から笑っている顔を見たことがない。

アルバムを開いても、そこには虚しい顔をした父親しかいない。

僕の娘と一緒のときの顔は、救われたような顔をしている。

僕の娘は、僕の父親を救うために生まれてきたのだと思う。


僕も、娘によって救われた。

娘がいなかったら、完全に詰んでいた。

娘によって引き出してもらった能力のお陰で、僕は現在の仕事ができている。

僕の父親スキルは、娘の献身によって研磨された作品なのだ。


娘には、心から感謝している。


話を戻して、僕は、暴力の行使によって意見を通す人たちの中で育った。

圧倒的な暴力を行使することが正義だった。

中学で父親に骨折させられ、高校で父親を眼窩底骨折させた。

暴力で圧倒できるようになったら、父親がおとなしくなった。


いま思えば、頭がおかしいのだが、当時はそれが当たり前だった。

当時の自分の写真を見ると、ほんとにひどい顔をしている。

人間関係が破綻していると、顔が歪む。

歪んだ自分の顔を見ていると、可哀そうになる。


いつだったか、友達の家に遊びに行ったとき、衝撃を受けた覚えがある。

その子とその子の父親が談笑していただけなのだが、ほんとに驚いた。

「え? 殴られずに話が進むの?」

説得するのに暴力行使が必要ないということが、当時はどうしても理解できなかった。


すべてが、力づくだったのである。

「喧嘩の勝敗が意見の正誤」という、バカな話である。


そして、突然やってきた、「父親の死」。


関係が断絶していた父親が、死ぬ直前に電話をかけてきた。

僕に父親が頭を下げたはじめての時間だった。


その数日後、父親は☆になった。


娘とふたりで父親の棺桶の前で寝た。

母親との関係が破綻していた父親にとって、たった二人だけの身内。

それが父親が生涯で築けた人間関係のすべて。

考えてみたら、壮絶に孤独な人生だったのだと思う。


それから、僕の人生の好転が始まった。


それからのことは、多くの人たちが知っている通りである。


ひとつだけいえることがある。


力ずくで相手を動かそうとしている限り、愛されることはない。

上下関係には、愛なんてない。

愛し合っていれば、自然と対等な関係となる。

だから、対等でいようと決めてしまうことが、愛される機会をつくることになる。


誰にも理解してもらえなかった人生の前半。

僕と関わっても、いいことなんてひとつもなかったと思う。

人生の後半になって、沢山の人たちに理解してもらえている。

僕の存在によって人生を好転させる人が続出している。


変われば変わるものだと思う。


思うのだけれど、暴力行使を封印するといいだけなのかもしれない。

たとえ、現在の人間関係が破綻していても、暴力行使はしない。

そう決めてしまえば、人間関係のスキルを磨くしかなくなる。

磨かれたスキルは、人生を好転させてくれるという流れだ。


長くなったけれど、感じたことをそのまま書いてみた。

殴る・叩くなどの直接的な暴力行使による躾や言い聞かせは、常態化するとえらいことになる。

その通りだと思ったツイート。


殴られて育って、まともに育つのは無理ゲーです。

理不尽な理由で殴られるのなら尚更。

詰んでるんですよね。

教育的なところで、暴力でしか指示ができないとしたら終わっています。


職人/げるびらりあさんの意見、面白いです。



11月25・26日(金・土)東京品川区西五反田『BMS R-Lab 2 新設スタジオ』で講師をします。

来週金曜日に、品川五反田で講師をします。

10月28日(金)10:00~17:00 東京品川区西五反田『BMS R-Lab 2 新設スタジオ』にて、<<IBUKI ・息吹~姿勢と呼吸と動きの改善~>>の講座やります!

ぜひ、ご参加ください。

あしゆびキャタピラー

そして、11月も東京品川区西五反田『BMS R-Lab 2 新設スタジオ』にて講師をします。


テーマは、「ケガや故障をしない身体の動かし方を学ぶ」です。


■11月25日金曜日19:30~21:30

内容は、「ゴルフボールで手首の機能改善・クリスタルカットスーパーボール足首の機能改善」です。

全身の筋肉連鎖の始まりである手指・足趾(ゆび)から手首・足首の機能を、ボールエクササイズで改善します。

手と足の機能改善には、感覚訓練と運動訓練を組み合わせるのが定番です。

対角の手と足の同時刺激により、全身の動きをしなやかにしましょう。


■11月26日土曜日10:00~17:00

内容は、「手指・足趾(ゆび)からの全身の筋肉連鎖を学ぶ~らせんの動き」です。

手指・足趾が思い通りに動かないと、全身の筋肉連鎖が断ち切れてしまいます。

その結果、慢性の痛みに悩まされることになりがちです。

手の指をどのように使えば、肘や肩の動きが良くなるのか?

足の趾(ゆび)をどのように使えば、膝や股関節の動きが良くなるのか?

肘や肩・膝や股関節を、どのように連鎖させればいいのか?

手指と肩甲骨・足趾(ゆび)と骨盤のつながりについて、学びましょう。


詳細が決まり次第、告知させていただきます。

2016年10月18日火曜日

10月27日(木)群馬の峠を走ります。そして、26日(水)に、おぜっきーと対談します!

10月29・30日(土・日)の日光いろは坂紅葉リトリートの前哨戦として、27日(木)に、群馬のここをドライブします。

榛名山

妙義山

誰か一緒にドライブしますか(笑)?

夜に東京入りする予定です。


そして、その前日26日(水)夜、おぜっきーと対談します!!!!

おぜっきー

雰囲気、似てね(笑)?

実は、近いうちに一緒にいろいろやろうと思っておりまして、連絡したら快諾いただきました。


FB → 尾関直人

ブログ → ハラ生き道


面白いタッグになるかと思います。

乞うご期待。


対談の様子を、録画か録音することにしました。

凄い内容になります(笑)。

公開するかどうかは未定です。

公開できる内容かどうかわかりませんから(笑)。


いまから、いろいろ計画練り直します!

10月28日(金)10:00~17:00 東京品川区西五反田『BMS R-Lab 2 新設スタジオ』にて、<<IBUKI ・息吹~姿勢と呼吸と動きの改善~>>の講座やります!

10月28日(金)10:00~17:00に、品川区西五反田『BMS R-Lab 2 新設スタジオ』にて、<<IBUKI ・息吹~姿勢と呼吸と動きの改善~>>の講座をやります。

→ 詳細

東京で平日に、基礎から解説するという貴重な機会です。

御自分の姿勢・動き・呼吸を改善したい方は、是非是非、御参加ください。


これから全国的に流行する『パームマラカスで肩甲骨スベスベ』もやります。

お楽しみに!!

BMS R-Lab 2 新設スタジオ

<<IBUKI  息吹  ~姿勢と呼吸と動きの改善~>>

【身体の動きの黄金律(ゴールデンルール)】

身体の動きには基本的な法則(黄金律=ゴールデンルール)があります。各関節に存在する屈曲・伸展・側屈・回旋の基本法則を守ることで、安全安心な美しい動きができるようになります。関節の構造と筋肉の連鎖を理解することで、身体の線が美しくなります。
■目の動き(眼筋など)
■首の動き(頸椎・上部胸椎~頸部筋群)
■体幹の動き(中下部胸椎・腰椎・仙椎~体幹筋群)
■腕の動き(肩鎖関節・肩甲上腕関節など~肩まわりの筋群)
■手の動き(手関節など~手の筋群)
■脚の動き(股関節など~股関節まわりの筋群)
■足の動き(足関節など~足の筋群)
■全身の動きをつなげる(筋肉連鎖)

【講師】

安部吉孝(あべ よしたか)

【開催日時】

2016年10月28日(金)10:00~17:00

【開催場所】

BMS R-Lab 2 新設スタジオ
品川区西五反田3-6-20 いちご西五反田ビル 9F

【TEL】

03-6409-6504(講座の内容、予約確認、お支払について)
03-6303-9977(開催当日の会場へのご連絡)

2016年10月17日月曜日

ボール投げが好きになる、らせんの動き講座が大好評なので、完全版やります。

らせんの動きの番外編で始めたボール投げですが、あまりの気持ち良さと楽しさに、「もっと詳しく学びたい」という声を多数いただいております。

「もっと早く知りたかった。そしたら、学校の球技を楽しめたのに」

そんな意見を、沢山いただきます。

らせんの動きは、人間本来の自然な動きです。見た目に美しいし、動けば動くほど調子が良くなります。残念なことに、普通の学校には、らせんの動きを指導できる教師はほとんどいないということなのだなと感じております。

そんなわけで、優先順位を入れ換えて、「楽しいボール投げ」を教えます。

正確な筋肉連鎖によるキャッチボールには、脳機能や視機能の改善効果があります。やらない理由がありません。学ばないのは、一生の損失ではないかと思います。

近々、告知しますので、是非御参加ください。

他人を自分の支配下に置こうとする人が嫌い。力学を基準に活動していきたい。

僕は、他人を自分の支配下に置こうとする人が嫌いだ。

そんな人間を、僕は指導者だと思わない。

他人と対等に付き合いたいとしている人が好きだ。

身勝手な正義感を振り回す人も嫌いだ。

その心根に、支配欲や他者操作願望が透けて見えるから。

そんなわけで、支配しない・されない塾をつくった。

正しさの基準は、人の物差しによって変わってしまう。

だから、力学という「変わらない基準」を、活動の根本に据えた。

物理法則を基準にすれば、人は対等に付き合えると感じている。

最近盛り上がっているボール投げなんかわかりやすい。

球速や回転数やボールコントロールの正確さなどの、わかりやすい結果が現実としてつきつけられるから。

自称正しい理論の人が、ヘロヘロした投球しかできなければ相手にされない(笑)。

物理次元で自分をコントロールできない人間に、精神や魂の次元で自分をコントロールできるはずがない。

格闘技なんかは、もっとわかりやすい。

脳内最強の妄想家は、現実の世界では凹られる。

実際に戦ってみれば、自分の身の程がよくわかる。

物理次元で通用しない人間が語る精神の話に興味はない。

「あ、この人には敵わない(笑)」という人の話を聞きたい。

世の中には、とんでもない次元で動いている人たちが沢山いる。

繊細かつ緻密、物理法則を極めた結果、まるで物理法則を無視しているかのような動きをしている。

この現実世界で。

桁違い過ぎて、笑ってしまう。

争う気にすらならない。

だから、対等に付き合える。

本物の動きができる人は、真の意味での謙虚さを体現している。

もうすぐ、薬院校2周年・東京校1周年を迎える。

物理法則や力学にこだわって指導してきたので、いろいろと安定している。

スパイス程度に心の法則の話を交えてきたのは御愛嬌(笑)。

今後も、力学的正解のお話をしていきたい。

薬院校2周年・東京校1周年記念講座を楽しみに待っていて欲しい。

これから始まる本当の安部塾の目撃者になれるチャンスだから(* ̄∇ ̄)ノ

2016年10月15日土曜日

嫌いな先生の元で学ぶと、慢性の痛みに悩まされたり、体調を崩したり(笑)

人格に障害がある先生が主催している団体で、嫌々学んでいると、脳が壊れてしまう。結果、慢性的な痛みや原因不明の体調不良に悩まされる。人格が優れている先生が主催している団体に移ると、壊れていた脳機能が修復される。結果、いきなりすべてが改善する。

指導内容以前に、「誰に学ぶか?」ということが大切なのである。

  昨日、某塾生が、痛みを敵視したために痛みを強化した。脳内で作り出した幻影の痛みなので、存在を敵視するとラスボス化する。幻影の痛みに対する態度は2種類選択できる。無関心になって、やりたいのに我慢していることをやる・心から人生を楽しむのがひとつ。もうひとつは、痛みを観察し、対話し、痛みの原因が脳の機能異常にあることを理解することである。前者は頭を使いたくない人向き、後者は頭を使いたい人向きである。

慢性的な痛みは、ある種の統合失調状態だと考えている。幻覚の一種ということだ。この理由で、人格に障害がある先生が主催する団体では、痛みや体調不良を訴える人が続出する。この場合、指導内容をどんなにいじくり回しても、状況は悪化の一途を辿る。ただし、盲信している人たちは痛みを感じない。これはこれで問題で、冷静な判断力を失っていることになる。「カルト集団」で検索してみると、その危険性がよくわかるはずだ。

昨日も書いたが、「認知的不協和」についても、検索して学んでおくといい。カルト集団に引っ掛からなくて済むし、現在進行形で引っ掛かっていたら、可及的速やかにやめる気になれるはずだ。カルト集団に関わっていても、いいことなんて何ひとつありはしない。さっさと縁を切るべきである。いわゆる悪縁切りだ。

では、人格に優れた指導者の見分け方を知るにはどうしたらよいのだろうか? ベーシックなところで、孔子先生・荀子先生・孟子先生について学ぶといい。原始仏典もいい。最近では、アドラー先生やエリス先生もオススメ。僕が最も影響を受けたのはパールズ先生だが、エキセントリックな方なので、普通の人にはオススメしない(笑)。マネジメント好きなら、ドラッカー先生は必読だと考えている。

指導者の理想像が理解できたら、その基準を満たさない人を師事しなければいい。運良く、基準値を超越した先生に出逢えたら、その先生のことが好きであれば師事したらいい。嫌いならやめた方がいい。好きの裏返しの嫌いなら師事した方がいい。無関心な場合はやめた方がいい。

  ただし、同気相求む・類は友を呼ぶので、まず自分の人格を磨かないと、判断基準が狂っているために、付き合ったら害悪しかない人間を素晴らしいと誤認してしまうことになる。まずは自分の人格を磨かないと、まわりが人格障害者だらけになってしまう。めんどくさい人だらけになっているとしたら、はやいとこ人格を磨いた方がいい(笑)。

  話を戻して、急性の痛み=理由がある警報としての痛みなのか、慢性の痛み=幻影の痛みなのかを見極める知性を養って欲しい。頭が良くなれば、痛みのコントロールが自在になる。頭がおかしいままだと、痛みに悩まされたまま、つまらない人生を送ることになる。同じ時間を生きるなら、楽しく生きた方がいい。

今日の東京塾生講座で、痛みの解説をしたいと思う。

2016年10月14日金曜日

10月15・16日(土・日)の東京集中講座の配布資料ができた!

10月15・16日(土・日)の東京集中講座の配布資料ができた。

10月15・16日東京集中講座 配布資料

42ページあるw

(解説終わるのか?)


東京も、本気出していくぜっ!







人は、自分の能力の分しか理解できない。他人を変えようとしてはいけない。変わらない他人は、置き去りすればいい。

今日の、13:30から薬院校でグループレッスンやります。

告知忘れてました。

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舞さんが、ブログにこんなことを書いていた。


1年前に、安部先生との対談をさせてもらったのですが、昨日、1年ぶりに聞き直していました。


この前、安部先生が、

あの動画消そうかな〜。


と言われていたんですが、


とんでもない!

この対談、私にとっては宝のような内容でした。

私が知りたかったことの答えが全部入っている!

昨日聞き直してわかりました。(笑)


今思うことは、1年前は、私何もわかってなかった!ってこと。


人は、自分の能力の分しか理解できないのだとわかりました。



対談の内容で、ほんとに理解できてたことなんてほんの少しで、

昨日聞いて思ったことは、


内容暗記したい!


私は、これを何度も聞いて、完全に理解してすればいいんだ、と。

なんと、いま、疑問に思っていることの答えもたくさんお話されてたのです。


引用ココマデ


いや、消したいんだけどね(笑)。


昔から、散々味わってきたことなんだけど、

僕の話を理解してもらえるのは数年後、いや、数十年後だったりする。

人間の基本特性として、自分の脳機能以上のことを理解することはできない。

僕の意見と他者の意見の違いを理解するためには、僕と同じ能力が必要なのだ。


わかりやすい例として、まったく痛みのない壁開脚を例にあげよう。

壁開脚

これと、普通の壁開脚の違いは、できる人にしかわからない。

そういうことだ。

僕がよく、「こっちの世界に来ないと理解できないよ」っていうアレ。

舞さんの言う通り、自分の能力の範囲内でしか理解できないのだ。


僕の講座では、片側だけ改善して、反対側の感じと比較する訓練をする。

能力が低い人は、変化を感じとることができない。

能力が高い人は、変化を感じとることができる。

そして、その感じる能力の違いが、変化のスピードに反映される。


同様のことは、そもそも何を習うかという時点で運命の分かれ道となる。

断言できるが、能力が低いと、おかしなことを習おうとする。

自分の能力がおかしいので、同質のおかしなことを『良い』と判断してしまう。

「頭おかしいよ」って言ってくれる親切な能力者の意見が耳に届かない。


これも断言できるが、何を習うかは、能力をあげてから判断した方がいい。

まずは、能力をあげてもらう方が先なのだ。


もっとも、無駄に挫折を重ねて学んでいく人生も悪くはない。

そっちを選ぶのも、それはそれで意味があるのかもしれない。


僕は嫌だけど(笑)。


そして、認知的不協和について知っておく必要がある。

認知的不協和wikiより

認知的不協和は、購買プロセスにおける購買後の評価段階で、「自分が良いと思って購入した商品よりも優れた商品があるかもしれない」という心理的なストレスを抱えてしまった場合などに生じることがある。
 
認知的不協和が生じてしまった場合、不協和を逓減させるために、自分の決断の正当性を確立する情報を集めようとする。

防衛機制の合理化には、甘いレモンの理論という、本当は理想的ではない自分の持っているものを、良いものであると思うことで不協和逓減をする方法もある。

 例えば、平均的な価格帯の腕時計の良いところや時計の機能として十分に優れているところを確認することで、高級時計への憧れを逓減させる、などが挙げられる。

 甘いレモンである平均的な価格帯の腕時計をすでに持っているのだから、すっぱい葡萄かもしれない高級時計など必要ないという防衛機制の合理化を行うのである。

人は、自らの判断が正しいと思えるように、何らかの正当な理由を探して、認知的不協和を逓減しているのである。

引用ココマデ


そう。

賢明な方なら、もうおわかりだろう。


人は、自分が選んだ先生や方法論が実は理想的ではないとわかっていながら、いや、わかっているからこそ、自分の判断が正当であると証明しようとするのである。

この理由で、自分の正当性を主張している時点で詰んでいる。

自分が理想的な先生について理想的なことを学んでいるとしたら、やることはひとつ。

すばらしいスピードで良い方に変化している自分の姿をさらすだけでいい。

何らかの正当な理由を探して自分の正当性を主張する必要はない。


僕はよく塾生に、こんなことを言う。


「他人を変えようとしてはいけない。

 変わらない他人は、置き去りにすればいい」


これ、ストレスフリーだ。


少し考えてみればわかる。

他人を変えようとする時間と労力を、自分の成長のために使う。

それが、置き去りにするということ。

置き去りにされることで、賢い人なら自分を疑い出す。

自分の正当性を証明しようとする人は、どんどん堕ちていく。

自分で考えて、自分で行動した結果を、自分の責任で受け止めるということだ。


間違うことは恥ずかしいことではない。

恥ずかしいのは、間違っていることに気づかないこと。

もっと恥ずかしいのは、間違っていることを指摘されても気づかないこと。

さらに恥ずかしいのは、間違っていないことを証明しようとすること。


これをやらかすと、忠言してくれる人がいなくなってしまう。

詰む。


人は、間違う生き物である。

どんなに能力が高くなっても、日々間違う。

間違いを即修正するかしないかの違いだけ。

そうすれば、能力が着々と向上していく。


変わらない他人を変えようとする必要はない。

すべてその人自身が引き受ける問題だからだ。

そんな暇があったら、自分の間違いを修正することに集中した方がいい。

他人を変えようとしても何もひとついいことはない。

自分が成長するのは楽しい。


泡沫(うたかた=水に浮かぶ泡)のように、儚く消え行く人。

間違いを修正しないということは、泡沫のような人生を生きるということ。

泡沫のような生き方をしていると、泡沫の出会いしかない人生となる。

僕はそんな生き方は嫌なので、日々、間違いを修正して過ごしている。


人生は選択の連続である。

自分がどう選択するかは自由。

そして、その選択の結果がどうなるのかは自分の責任。

しっかりと選択能力をあげておきたいと思う。

2016年10月13日木曜日

めんどくさくない人が大好きです(笑)

最近、めんどくさくない人たちが大好きです。


ちなみに、めんどくさい人の特徴だそうです。

めんどくさい人の特徴≪対処法ある?≫より

自分の正当性を主張する人がいると、その場の雰囲気が悪くなり ますし、その場にいる人達の気分も悪くなります。

出典 カウンセリングサービス■心理学講座「怒る人、正当性を主張する人の心理〜よりよい関係を持つために〜」


価値観を押し付ける人は、. みんな、うんざりして寄り付かなくなります

出典 価値観の押し付けは、嫌われる | もう婚活はするな!! 30代独身の孤独脱出計画



秀学ゼミナール  中神  剛 @syugak_nakagami

あるスポーツの本に「まずは覚えることが必要。『聞く力』が必要不可欠」とあり、聞いていない人の特徴に「聞いているふりをする、言い返す、自己中心的に聞く、評価を下す」と書いてあった。いつもスポーツも勉強も基本は同じと思っているのでとても参考になる。

引用ココマデ


めんどくさくない人たちw(ひとりめんどくさいw)

今日の大阪の講座終了後の雑談で、

「安部塾に約束事があるとしたら、各自の自由意志を尊重することかな」

ってお話をしました。

すべては自由・・・・・それが約束事です。


参加者的にも、ほとんど縛りがない僕の塾は楽でいいそうです。

縛りが多い集団は、めんどくさくて嫌いです(笑)。


まあ、どんなに足掻いても、他人の心を変えることなんてできませんから。

最初からやらないのが正解だと思っています。


めんどくさい人というのは、他人の心を変えようとする人。

僕は、そう定義づけています。


めんどくさくない人たちが大好きです!!


薬院校開校時に決めた安部塾憲章。

「自ら考え、自ら行動する」

他人から刷り込まれたまやかし(幻想)ではなく、自分で考えて行動する人たちが集う場所。

そんな場所をつくりました。


わずか2年で、いろんなことをやりました。

現在の安部塾に、めんどくさい人はいません(笑)。


今後も、楽しい活動をたくさん展開していきます。