2017年9月20日水曜日

9月29日(金)13:30~17:00薬院校特別講座「ニーディング」やります。

Hitomiさんのリクエストで、

9月29日(金)13:30~17:00 薬院校にて特別講座やります。

→ 薬院校特別講座詳細

内容は、「ニーディング」です。

片方の手の母指を向こう側に押し、もう片方の手の4指を手前側に引く感じで、筋肉の過剰緊張を解除する手技。
物理的に効くわけではなく、やさしく触れられる安心感・信頼感が効果を発揮する。
※サルの毛づくろいと同じで、施術している側の方がより安らぐ(脳に効く)。

この本の内容も、一部解説します(良書です。購入しましょう)。

サルの子育て ヒトの子育て 中道正之

サルの子育て ヒトの子育て 中道正之 p63~66より

御参加、お待ちしております。

親子の間で、穏やかな解決なんてありません。みんなが敵意を持って一つ屋根の下にいる、不幸せなことです。

孤独の肖像 中島みゆき


ナルシシストな母親が子どもを潰してしまう事例を、たくさん見てきました。

問題を抱えて生きている人たちのお話を聴いていると、ナルシシストな母親の悪影響が暗い影を落としているのがよくわかります。

自己陶酔している母親の心の底には、恐れと孤独があります。

そんな母親は、子どもに対して積極的な関心を持つことができません。


過干渉や放任という無関心行為が、子どもに甚大なダメージを与えてしまいます。


というわけで、怒涛の〆の言葉集です。



























































「嫌いだけど離れられない」

そんな依存症的な人間関係はやめた方がいいのです。

愛してくれない相手からは離れた方がいいのです。

嫌いな人と一緒にいる必要はないのです。


信頼関係を築ける人たちと、お付き合いしていきましょう。





2017年9月19日火曜日

安部塾身体操作技法『IBUKI(伊富岐)』のフォトブック(正式教本)をつくります。

安部塾身体操作技法『IBUKI(伊富岐)』のフォトブックをつくります。

安部塾初の正式な教本となります。


撮影と製本を、塾生の金沢くんに正式依頼しました。

カメラマン 金沢くん
安部塾の身体の動かし方の部位別の基本から全身の筋肉連鎖まで網羅する予定です。

解説は、私が書きます。

来月(10月)から撮影に入ります(完成時期は未定)。

楽しみに、お待ちください。



IBUKIの漢字表記を、これまでの「息吹」から「伊富岐」に変えます。




「横から見た人」の象形と「神聖な物を手にする」象形(「氏族の長」、「治める」の意味)から、「治める人」を意味したが、借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「これ」、「この」、「彼」、「これ」、「ただ」を意味する「伊」という漢字が成り立ちました。




「屋根(家屋)」の象形と「神に供える酒だるのふっくらした」象形から、家に物が豊かにそなわる、すなわち、「豊か」、「満ち足りている」を意味する「富」という漢字が成り立ちました。



「山」の象形と「竹や木の枝を手にする」

象形(「枝を払う・わける」の意味)から、「山のえだ道・分かれ道」を意味する

「岐」という漢字が成り立ちました。


なんだか、ありがたい感じでしょ(笑)?

大好きな伊吹(伊富岐)山よりいただきました。

伊吹山

伊吹山
もちろん、八岐大蛇つながりです。

八岐大蛇面

来年から、大衆演劇的な活動も開始します。

そちらの方も、お楽しみに!

ああ、もちろん好きだぞ♡

https://twitter.com/mashiron1020/status/909432831041970176


Twitterより



私もこういうの好きです。

2017年9月18日月曜日

身体の痛みと、表現できない憎しみ~親に反発するために、子どもが自分のためにならない選択をする。

Twitterより



「悩みの正体は、表現できない憎しみ」です。

身体の痛み(関節の痛みなど)の正体も、表現できない憎しみです。

当然ですが、物理次元の治療は効きません。

姿勢や身体の動きを改善しただけでは、痛みは消えません。


自分が表現していない憎しみに気づくことで、すべてが変わります。

脳の扁桃体の異常興奮がおさまれば、自己破壊的な痛みが消えていきます。


そして、


この言葉の意味を考えてみるといいかと思います。


そして、これよくあります。


私も、やらかしていました。

私の人生がうまくいくと、親の指導が正しかったことになってしまいます。

そんなことは絶対に許せないので、わざわざうまくいかないように生きていました。

まったくの無意識にですが。


親の考え方を否定するようになって、うまくいくようになりました。

うまくいくのもいかないのも、全部自分のせいだと考えるようになってからです。

他人のせいにするのをやめてしまえば、たいがいの問題は解決してしまいます。

境界線を引けない親・課題の分離ができない親は、子どもの人生に悪影響を与えます。


ナルシシストな親は、子どもに愛を与えることができないのです。


身体の痛みの根源をたどっていけば、そこにナルシシストな親がいることがあります。

親が子どもに対して、安心感と信頼感を与えることができていないのです。


子どもが自分のためにならない選択をしてしまうのは、ナルシシストな親の影響。

そんなことがよくあるのです。


親が、自分の子どものしあわせを真に願うのであれば、

ナルシシズム(自己陶酔・うぬぼれ)の克服に、本気で取り組むべきだと思います。

うぬぼれの克服~エクスターナリゼーション(Externarization)=外化(がいか)



私はうぬぼれが強い人間です。

これまでしでかした失敗のほとんどが、うぬぼれによるものです。


にもかかわらず(笑)、私はたくさんの人たちから愛されています。


加藤諦三先生の〆の言葉より

人を操作する人は、心に葛藤があります。

コミュニケーションができない人は、人間関係の距離感がありません。

真実から逃げれば逃げるほど、真実が怖くなります。

自己中心的な人は被害を増長します。

生きづらい人の性格は、せんじつめると短気で傷つきやすいということです。

自分の心の中で起きていることが外で起きていることと思うことを、
「エクスターナリゼーション(Externarization)」=外化(がいか)といいます。

引用ここまで


■外化

a) 自分の心の中の願望を、現実を通して見ること。

b) 自分の自分に対する感じ方を、他人の自分に対する態度と思い込んでしまうこと。


自分で自分を嫌っている人が、

a) 相手が自分を嫌っていると感じる(受動的外化)

b) 自分が相手を嫌っていると感じる(能動的外化)

本当は自分自身を嫌っているのに相手に外化してしまうと、人間関係がうまくいきません。


自責・自己憎悪・自己蔑視……

実際の自分に満足できない、理想の自分になれない自分への憤怒。

その憤怒を相手を通して感じてしまう。

※抑圧された他人への怒りを、相手が怒っているように感じてしまうのは投影です。


外化も投影も、人間関係がうまくいきません。


たとえば、行動を変えたくない人がよく使う「他人のせい」。

他人のせい=責任転嫁。

内なる自分に原因があるものを、外なる他人に転嫁してしまう。

問題を解決する気が1㎜もないからこその「他人のせい」なのです。


本来自分の中にある感情が、自分の中ではなく他人の中にあるものとして知覚する現象


自分に対する破壊的な感情が外化されると、どうなるでしょう?

相手に感じる破壊的感情が、相手に対して極めて敵対的な態度をつくります。

結果、人間関係を破壊してしまいます。

自分に対する破壊的な感情を自覚していないと、人間関係の破綻を繰り返します。


どうすればいいのでしょうか?


他人の中に見てしまう感情が、実は現実ではないことを知ることです。

他人の中に見てしまう感情は、自分の心の中のイメージにすぎないということを知るのです。

外化された悪感情そのものを消し去ることはできません。

ただ、それが自分の問題だとわかれば、人間関係の破綻を防止できます。


他人の中に破壊的感情=悪意を見てしまったときは、反応しないことです。

自分への破壊的感情が映し出されたものだという理解を深めることが大切です。


うぬぼれ屋さんは、このことを知らないと詰みます。

これがわかっていれば、可愛すぎるうぬぼれ屋さんとして、超絶愛されます。

2017年9月17日日曜日

褒められることをしなくてもよい人は、好きなことをする~本当の配慮

さっきの記事の続きです。

ほんとに良書です。購入お奨めします。

なぜ、あの人は自分のことしか考えられないのか

そもそも褒められることの必要な人は、毎日していることがおもしろくない。
自分の興味のあることをしていない。
好きなことがない。

何よりもまず褒められることが必要であるから、褒められることをする。
褒められることと、自分の好きなこととは違う。

まず褒められることをしなければ生きていかれないから、好きか嫌いかは後回しになる。
そこで毎日おもしろくないことをしなければならなくなる。

褒められることをしなくてよい人は、好きなことをする。
つまり自己実現して生きていられる。

なぜ、あの人は自分のことしか考えられないのか P138


他人に配慮するのだけれども、どこまでいっても自己執着的対人配慮である。
自分が褒められたい、自分が感謝されたいための配慮である。
全部大きなお世話。

本当の配慮はこれをしたら「人が『私のことを』どう思うか」ではなく、「その人がどういう気持ちになるか」である。

なぜ、あの人は自分のことしか考えられないのか P180

引用ここまで


どん詰まっている人と少しお話してみると、だいたいこれに該当します。

どこまでも、「人が『私のことを』どう思うか」なのです。

「相手がどんな気持ちになるか?」には関心がありません。

結果、好きなことができなくなります。


私の母を含め、私が小さい頃に周りにいた大人のほとんどが、これに該当していました。

結果、私も悪性のナルシシストとして成長しました。

悪性ナルシシズムのデメリットを、たくさん味わって生きてきました。

なので、この本のありがたみがよくわかります。


10月13・14・15日(金・土・日)の東京集中講座で、この本の解説をします。

すべてを変えたかったら、必ずご参加ください(笑)。

自分の悩みに陶酔しない~しあわせの敵はナルシシズム~楽に生きているから感謝できる

感謝するから楽に生きれるわけではありません。

楽に生きているから感謝できるのです。


今日予定していた、かずくんと行く鹿児島の旅が台風のため延期になりました。

なので、この本を読んでいます。

なぜ、あの人は自分のことしか考えられないのか  加藤諦三

人の悩みの根源も、世界の混迷の原因もナルシシズムである。

ナルシシストは自分のことを「もっと、もっとわかってほしい」という願望が強い。
「私のことをわかってほしい」という願望に心を奪われて、自分をとりまく現実が見えない。
「誰も私のことをわかってくれない」というせりふの意味を正確に翻訳すると、「助けて!」である。

とにかくナルシシストは自分にとらわれている。
自分の心の苦しみにとらわれている。
「ナルシシズム」は「自己陶酔」と訳されれるが、正確には自分の悩みに陶酔していることである。
ナルシシストは自分の悩みに酔っている
自分の悩みはものすごいことだと思い込んでいる。
地球は自分の悩みを中心に回るべきだと思っている。

しかし残念ながら、地球はその人の悩みの解決を第一にして回っていない。

ナルシシストは「私だけを、いつも愛して」と心のなかで叫んでいる。
現実はそんなことは起きない。
したがってナルシシストはいつも傷ついている。
いつも不愉快になっている。
心の底ではいつも怒っている。

その結果、心の葛藤によって生きるエネルギーを消耗し、心身ともに疲労困憊している。
だからいつも「誰も私の苦しみをわかってくれない」と苦しんでいるのである。

会って一時間も話をしていて、自慢話と人の悪口しか言わない人も、ナルシシストではないかと疑ってみる必要がある。
自分の自慢話を一方的に並べ立てて「どう?」と聞いているようなものである。
虫がよい。
自分の位置がわかっていない。
相手にとって自分がどういう位置にいるかがわかっていない。

手紙を書くときに、ナルシシストは自分のことだけを延々と書いてくるが、本人はそれがコミュニケーションだと思っている。

悪口をいうのは、相手に自分の立派さを売り込みたいからである
また、自慢話を相手が感心して聞かないと不機嫌になる。
悪口に賛同しないと不機嫌になる。
ちょっとした言葉ですぐに不機嫌になる人もナルシシストである。

とにかくナルシシストは傷つきやすくて怒りやすい
要するに、いつも気むずかしい人である。

さらに別の特徴をいうと、とにかく人の話を聞くのが不得意な人である。
こちらが聞いてもいないことを延々と話すようなナルシシストにとって、この「人の話を聞く」ことはきわめて不得意である。

ナルシシストにとって、普通の人の普通の話はだいたい不愉快である。
普通の人の普通の話は、誇大な自我のイメージを傷つけることが多いからである。
ナルシシストにとっては、自分を褒めてくれる言葉以外はすべて不愉快である。

ナルシシストはいつも褒めてもらいたい。
しかし、現実には褒めてもらえない。
そこでいつも不機嫌になる。

ナルシシストは褒められたいのに褒めてもらえない。
現実には、逆に批判されたり無視されたりする。
その結果がイライラであり怒りであり、落ち込みである。

ナルシシズムほど社会の中で生きていくのに不適切なものはない。
他者に関心がないのに、他者から褒めてもらいたい。

コミュニケ―ションできないのに、相手が思ったように行動しないとおもしろくない
自分が期待したようなことをいってくれないと不愉快になる。

他人に関心がないから、人に迷惑をかけていることにまったく気がつかない。
とにかく独りよがりで、自分一人でいい気になっている。

片思いで相思相愛だと思っているような人である。
好かれた相手は迷惑極まりない。

相手がいいなりにならないとおもしろくないのに、自分のなかでは相手に配慮しているつもりでいる

ナルシシスト度を測る第一は、「私は人からどう見られているか、どんな印象を与えているかいつも考える」である。
あるいは「私は注目の的になることがとても好きだ」である。
簡単にいうと「人が自分をどう見ているかを気にする目立ちたがりや」である。

飾り物で、必要のない資格を次々に取る人がいる。
これがナルシシストである。
ナルシシストは自己陶酔しているから現実の中で生きていない。
現実からの反応がない。
しかし心の底では確かなものが欲しい。

そこでいろいろと自分を飾って、生きていることを確かめたいのである。

自己陶酔しているが、心の底では不安だから「私はここにいる」と誰かに確かめてもらいたい。
でも望むように誰も自分の存在を確かめてはくれない。

そこで「誰も私の苦しみをわかってくれない」と悲鳴をあげている。

とにかくナルシシストは生きるのが苦しい。
そこで自己憐憫、被害者意識などなど、さまざまな叫びをあげる

ナルシシストは現実に向き合って努力ができない。


引用ここまで


「はじめに」の内容なのに、トップスピードです(笑)。

ここから、たたみかけるように怒涛の内容が続きます。

購入して愛読されることをおすすめいたします。

やさしい人」の後に読むと、いいかと思います。


幸せな人の共通点は、楽観的で適切な目的と、よい人間関係をもっていることであるという調査がある。

幸せな人の共通性を簡単にもう一度いうと、よい人間関係、適切な目的、楽観主義である。
ナルシシストはこの三つをもっていない。
ナルシシストは自分にしか関心がないから、他人とのふれ合いがない。
親しい人間関係がない。
p174~175


そして、素晴らしいのはp220の「おわりに」です。

どうすればいいかが書いてあります。


しあわせの敵はナルシシズムです。

腰痛などの慢性の痛みの原因もナルシシズムです。

腰痛に「感謝」が効くことがわかっています。

だからといって、「ありがとう」と1000万回唱えても、よくはなりません。


なぜでしょうか?


問題は、感謝できない理由にあるからです。

そう。他人に関心が持てないのが原因なのです。


使いものにならない飾りものの資格をとるのはやめましょう。

自分のことばかりを語るのはやめましょう。

自分が根っからのナルシシストであることを認めましょう。

そうしないと、よい人間関係を築くことができません。

2017年9月16日土曜日

呼吸と脊柱と肋骨~9月28日(木)の大阪集中講座の内容について

京都の美人(?)から、9月28日(木)の大阪集中講座の内容について、「何をするか書いてくれると嬉しい」というメッセージが来ました。

私は「やさしい人(笑)」ですので、紹介したいと思います。


■呼吸と脊柱の動き

・吸息(吸う)と脊柱の伸展(反る)

・呼息(吐く)と脊柱の屈曲(丸まる)



やってみればすぐにわかりますが、脊柱を反らすと吸うのが楽になります。

逆に、脊柱を丸めると吐くのが楽になります。


呼吸時の関節運動について、少し解説してみます。

呼吸と横隔膜

息を吸うとき、上部肋骨は前上方に動き、胸骨柄結合は上部肋骨と一緒に前上方にわずかに屈曲します。

下部肋骨は外情報に動き、横隔膜が収縮・下降します。

この動きは、肺の容積を増大させます。


吐く(受動的)とき、肋骨と胸骨が下降し、横隔膜が弛緩・上昇します。

肺は、元の正常な大きさに戻ります。

ティーチング・ピラティス姿勢改善を目的とした実践ガイドp75
吐くとき、第2~5肋骨は、横方向へのひろがりはほとんどなく、前後方向にひろがります。

ポンプハンドルアクションと呼ばれています

第8~10肋骨は横方向にひろがります。

バケツハンドルアクションと呼ばれています。

第6・7肋骨はポンプハンドルとバケツハンドルの両方の動きを伴います。

第1肋骨および第11・12肋骨は、胸郭の容積増加に関与しません。

※参考文献 ティーチング・ピラティス姿勢改善を目的とした実践ガイド p74~75

グレイ解剖学 バケツハンドルアクションとポンプハンドルアクション


呼吸と肋骨と脊柱の動きには、「決まり」があります。

決まりを守れば、身体がなめらかに美しく動きます。

呼吸が乱れると、身体が滑らかに動かなくなり、美しさが失われます。

力学的ストレスのない安定した美しい動きは、呼吸によってつくられるのです。


「この動きのときの呼吸は~」という法則を覚えましょう。

その動きは、観る者をとろけさせるほどに美しくなります。

身体操作の達人たちの動きは、みな一様に魂を奪われるほど美しいものです。

その動きの根底には、呼吸時の肋骨と脊柱の動きに対する深い理解があります。


脊柱の動きが呼吸を誘発し、呼吸が脊柱の動きを誘発するのです。

美しい姿勢・体型は、美しい呼吸から生まれてきます。

美しい呼吸は、美しい姿勢・体型から生まれてきます。

呼吸を理解すればするほど、時を忘れるほどに美しい存在となっていきます。


大げさですね(笑)。


しあわせに生きていくためには、「明るさ」と「魅力」が必要です。

これらは、「自信」から生まれてきます。

自信を生むのは、正確な呼吸です。

人生を肯定的に変えていく呼吸を、可及的速やかに学ぶことをおすすめいたします。

2017年9月15日金曜日

9月23日(土)に、神戸で集中講座を開催します。

→ 神戸集中講座案内(facebook)・神戸集中講座案内(HP)

内容は、「ティーチング・ピラティス」の解説です。

骨盤底筋(骨盤隔膜)・腹横筋・多裂筋・横隔膜などの機能と使い方を学びます。

目玉は、内転筋と臀筋についての説明です。

真っ直ぐな脚と、美しいお腹のつくり方について、語ります。

ティーチングピラティス: 姿勢改善を目的とした実践ガイド

休憩時間に、プチメイク講座もやります(参加者特典w)。

フェイスブラシを使った肌磨きテクニックと、自分の骨格を生かしたテクニックなど。

こちらの方の方が、女子人気は高いそうです。

メイクアップはコンプレックスでするのではなく、自分を愛してするものです。

ナルシシズム(自惚れ・自己陶酔)・自己蔑視なメイクは嫌いです。

自己愛としてのメイクが大好きです。

脳と言葉の解説を交えながら、やさしいメイクの解説をします。


御参加、お待ちしております。

2017年9月14日木曜日

10月13~15日(金~日)の東京集中講座は、安部塾身体操作技法『IBUKI』2017年最新版公開と「愛するということ2」です。


10月13~15日(金~日)の東京集中講座の内容は、

■ボディワーク

安部塾身体操作技法 『IBUKI』 2017年最新版公開

※呼吸・姿勢・動きの基本を解説します。「単純な動きをていねいに」をテーマに、2017年版のIBUKIをつくりました。「自分を愛する技法」として進化を遂げたIBUKIを、楽しんでください。

■メンタルワーク

「愛するということ2」

※ヒトの進化と愛、自分の心に気づくをテーマに解説します。


サルの子育て 人の子育て 中島正之

自分の心に気づく言葉 加藤諦三

を、予定しております。


ナルシシズム(うぬぼれ・自己陶酔)の克服がテーマです。

楽しみに、お待ちください。


なお、10月8か9日に薬院校集中講座で、「愛するということ」の解説をする予定です。

今夜、告知予定です。

好かれたければ時間をかけて人を集める。劣等感の深刻な人は、脚光を浴びて人を集めようとする。

ナルキッソス

相手を肯定するということは、相手を理解することをあきらめるということです。

相手に関心を持たないというわけではありません。

むしろ真逆で、相手に対して関心を持つからこそ、相手を理解することをあきらめることができるのです。

そうすると共依存関係に陥りません。


なぜ相手に対する過度の信頼感が生まれてくるのか?

それは、相手を理解できるという勘違いからです。

自分たちは特別な関係だという自意識の肥大です。

相手への要求が増大し、相手に強い負荷をかけてしまうことになります。


「自分たちは特別な存在である」という勘違いが何をもたらすか?

まわりの人が自分たちを特別扱いし続けてくれないと不安になります。

まわりの人を巻き込むのです。

迷惑行為です。


自分たちに尊敬や賞賛を与えるためだけの存在として、まわりの世界を見ます。

自分たちを特別扱いしないような世界は、間違っているという勘違いをします。

まわりの世界という存在を認めないのですから、認めてももらえません。

こうして、まわりの世界から孤立化していくのです。


自分たちは特別なんだと現実をねじ曲げたらどうなるでしょう?

まわりの世界の人と、会話が成立しなくなります。

まわりの人たちから、避けられるようになります。

縁を切られてしまうかもしれません。


特別視されること=脚光を浴びることで人を集めない方がいいと、私は考えています。


為末大さんのナルシシズムと自己愛というまとめが面白いです。

https://togetter.com/li/304359

https://togetter.com/li/304359

https://togetter.com/li/304359

何か特別なことをやらかすことで、注目を浴びようとする。

まずは、それをやめること。

他人を理解することをあきらめて、関心をもつこと。

そうやって時間をかけて、人を集めることが大切です。


https://togetter.com/li/304359

そう。

ナルシシストは緊張しているのです。

他人と自分を比較して優劣をつけて生きている人は好かれません。


続きは、今日の塾生講座の小話で解説します。

2017年9月13日水曜日

「与える」ことができる人間になるためには、まずは「自分が一番大切」というナルシシズムを克服することが必要になってくる。

人を愛するにはナルシシズムを克服することが必要より

愛とは愛を生む力であり、愛せないということは愛を生むことができないということである。

これは、「愛されることばかり要求して自分から愛そうとしない人は、本当の愛を体験することはできない」という意味ととらえていいでしょう。

自分を一番大切と考えてしまうと、お互いに「何か与えてくれ!」とただ求め合うだけの関係になってしまい、永続的な人間関係は成立しないのです。

引用ここまで

フロム『愛するということ』 2014年2月

愛を達成するための基本条件は、ナルシシズムの克服である。

ナルシシズムの反対の極にあるのが客観性である。

客観的に考える能力、それが理性である。

理性の基盤となる感情面の姿勢が謙虚さである。

愛するということ 新訳版


外化は自分の内面の心理過程を、あたかも外で起きているかのごとく経験する傾向である。 ー カレン・ホルナイ


何か困難があったとき、外の条件が自分の困難の原因だと考えてしまいます。

「あなたがいるから、自分はしあわせになれない」などと、相手のせいにします。

酷い場合は、相手を攻撃します。

自分が相手の負担になっているのに、相手を非難します。

加害者なのに、被害者としてふるまいます。

強い被害者意識を抱いて、相手を非難し罵倒します。

自分が自分に対してどういう態度をとっているかに気がつけません。

自分が自分の弱点を許していないのです。

それを、他人が自分の弱点を許していないと感じてしまいます。

自分が許されない存在だと感じるのです。

自分が自分に怒っているのに、誰かが自分に怒っていると思います。

自分が相手に敵意を持っているのに、相手が自分に敵意を持っていると感じるのです。


そう。

完全なひとり芝居なのです。

自作自演のコント(笑いを目的とする寸劇)でしかありません。


自分が相手に期待しているだけなのに、相手から期待されていると感じてしまいます。

されてもいない期待に応えようとして、機嫌が悪くなります。


コントです。


誰も傷つけていないのに、ひとりで勝手に傷つきます。

自分のナルシシズムで傷ついて、「傷つけられた」と訴えます。


コントです。

イライラのおさめ方 加藤諦三著


コントなのですが、全然面白くはありません。

「誰も私のことをわかってくれない」という、めんどくさい展開になるだけです。






ナルシシズムの克服が大切だと実感しております。

弱さを誇示しない=弱さに逃避しない~弱さを誇示することで、他人からエネルギーを吸いとろうとしない。

「あなたは幼く、弱く、誰からも相手にされないほどに非力な人間である、その事実を認めなさい」という「弱さ」を客観的評価にとどめるのなら、このアドバイスは間違っていない。

しかし、その意味を「あなたは弱い。弱い人間であることを恥じることはない。その弱さを受け容れ、その状態に満足しなさい」というふうに解釈するなら、このアドバイスはまっすぐ地獄への道を指し示している。

弱さを認めるのは、強くなるためである。
それ以外に弱さを認めることにはどんなメリットもない。

期間限定の思想 内田樹先生 P174

期間限定の思想 内田樹

自分を信じている人は強いです。

客観的に自分の弱さを自覚しています。

弱さを認める人は強いのです。

実際の自分を客観的に認め、受けいれています。


決して、弱さに逃避しません。


人はみな間違いをおかします。

完全な人間なんて、この世に存在しません。

みんな弱いし、悪に染まっています。

そして自分自身も、弱くて悪い人間のひとりです。


にもかかわらず(笑)
自分自身には価値がある!!

※「だがしかし」ではありません


弱さを受けいれると、人は強くなるのです。

弱い自分を自覚することと、弱さに逃避することは違います。


悪とは、われわれすべての者の内部に存在する。

われわれがそれを自覚すればするほど、われわれは他人を裁く地位にたつことはできなくなる。

悪について フロム P204

悪について フロム

自分が弱い原因は自分自身にあります。

他人のせいで弱いのではありません。


弱さの原因を他人のせいにしてしまいます。

悪いのは他人だと思いこみます。

自ら弱い立場にしがみついて、弱者であり続けようとします。

そして、他人への敵意を表現し続けます。


他人への恨みと憎しみ。

恨みと憎しみを表現するために、自分の弱さを誇示します。

弱さに逃避するのです。

実は、その敵意は自分自身に向いているのですが。


この解説が、わかりやすいです。



好かれる人 「現実の自分」で生きる

弱そうな人と弱い人とは違う。

弱い人は虚勢を張る人。

弱そうな人は、弱さを誇示する人。 p54

引用ここまで


弱さを誇示する人=弱さに逃避する人は、

弱さを誇示することで、他人からエネルギーを吸いとろうとします。

援助や同情や共感など……

実は、巧妙な他者コントロールなのです。


結果的には、失敗に終わりますが。

ずるさゆえに破綻してしまうのです。





ねぇ 君のずるさを晒してよ
ねぇ 僕のダメさを叱ってよ
これからも この先も 僕の心をつくってよ

ねぇ 君の弱さを晒してよ
ねぇ 僕の強さを信じてよ
これからも この先も 僕の心をつくってよ

ねぇ 君が笑うと弾むんだ
ねぇ 君が泣いたら痛いんだ
君だけが 君だけが 僕の心をつくるんだ

歌詞引用ここまで


私たちの心は、仲間によってつくられます。

弱さを認め受けいれ、弱さを誇示せず逃避せずに生きていきましょう。


加藤諦三さんの「やさしい人」は必読です。

冷たい人は、途中で読むのがつらくなるかもしれませんが(笑)。

やさしい人(愛蔵版) 加藤 諦三

1965年の 『俺には俺の生き方がある』大和書房 から、加藤 諦三さんの本を読んでいます。

1982年の『安心感』大和書房と『自分を嫌うな』三笠書房 は、ボロボロになるまで読みました。


なんてことを考えていたら、元塾生の順子さんが、こんな記事をアップされました。


以心伝心です(笑)。


私もまさか、あの頃の読書が今になって役に立つとは思いませんでした。

劣等コンプレックス全開で、愛のない生活を送るのも、悪くないのかもしれません。

若いうちだけならね。

虚勢と見栄ばかり張るクソガキでしたが、そんな過去の自分をたまらなく愛しく思います。


たとえ、虚栄心でやらかしたことでも、積み上げてきたものは自分を裏切りません。

心が成長してから、全力でごめんなさいして、やり直せばいいのだと思います。

やさしさや思いやりが評価されない世界で育ったのなら、それをバネにすればいいのです。

不機嫌でいることをやめ、御機嫌でい続けることです。


弱さに逃避するのをやめて、弱さを認め受けいれれば、人は強くやさしくなれます。


明日・明後日の塾生講座の小話で、少しだけ「弱さ」の解説をします。

2017年9月12日火曜日

ヨガと虚栄心(自分を実質以上に見せようと、見栄を張りたがる心)

■虚栄心

自分を実質以上に見せようと、見栄を張りたがる心


VANITY ANGEL/レベッカ


実際の自分に自信がなくて、本当の自分の姿を見せれない。

自分を飾り立てて、盛りに盛ってしまう。

等身大の自分を見せることができない人は、他者との真の交流ができない。

自分を誇示し、人間的な配慮ができない。


人より美しく見せよう

人より充実してるように見せようと

人より強く見せよう

他人を過剰に気にしてしまい、勝ち負けに基準をおいて競ってしまう。


評価基準は、やさしさや思いやりが基本です。





私が学んだヨガは、「虚栄心を克服するための心の訓練」でした。

私は虚栄心の塊みたいな人間だったので、救われました。


巷のヨガ実践者の中には、虚栄心の塊のような人たちがいます。

実際の自分を認めるのがヨガなのに、飾り立てた自分をつくっています。

類は友を呼ぶので、実際の自分を認めない人たちが集まってきます。

学びに行くときは、虚栄心が強いところは避けた方が賢明だと思います。


「美味しい話」を宣伝しているところはダメだと考えています。



私の塾では、美味しい話をして宣伝ないように指導しています。

「自己実現=自分の目的、理想の実現に向けて努力し、成し遂げること」

美味しい話に関心を示す人たちは、自己実現できていません。

自己実現できていない人たちとつながっても、やさしくはなれません。


「美味しい話なんてのらないわ そんなにバカじゃないわ」




自分の虚栄心と向き合い、実際の自分を認めて生きていくことが大切だと思います。

悩みを訴えている人に、解決する気はありません。愛を求めているだけです。問題は相手にではなく、すべて自分にある。

安部塾東京集中講座 201709

Twitterより









































とあるトラブルメーカーがいました。

いつも、悩みを訴えていました。

解決する気なんて、微塵もありませんでした。

誰ひとり期待なんてしていないのに、他人の期待にビクビクしていました。

注目を浴びたいだけで、まわりの人たちが見えていませんでした。

疎ましがられ、避けられていました。

せっかく声をかけてくれた相手にも、速攻で悩みを訴えていました。

口をついて出てくる言葉は不満ばかりでした。

みんな、離れていきました。


当たり前ですが、トラブルメーカーに人は集まりません。

冷たいからです。


やさしい人に人が集まります。

愛する技術者だからです。



問題はすべて自分にあるのです。

今日の塾生講座の小話で解説します。

2017年9月11日月曜日

見つめ合うヒト~愛するということ2

人と人は見つめ合い、お互いの顔の表情を使って心を通わせます。うまくいかない人は見つめ合わないし、表情に乏しいものです。
私たちがホモサピエンスとして生き残れたのは、見つめ合うという行為によるものだと、私は考えています。暗い人やトラブルメーカーを少し観察してみればわかります。まるで相手のことを見ていません。相手に関心がないのです。
うまくいかない人は、注目されること(ほめられること)を求めます。そして、何もかも失います。賞賛・感嘆は一時的な快楽に過ぎません。見つめ合うことによって得られる「生まれてきてよかった」「生きててよかった」という持続的な満足感は得られません。
次回の東京集中講座は、「愛するということ2・見つめ合うヒト」の解説をします。

2017年9月8日金曜日

愛する能力と痛みを抑える能力

愛するということ Erich Fromm (原著) 鈴木 晶 (翻訳)

昨日の塾生講座で、エーリッヒ・フロムの「愛するということ」の解説をしました。

愛は技術であり、学ぶことができる――
私たち現代人は、愛に渇えつつも、現実にはエネルギーの大半を、成功、威信、金、権力といった目標のために費やし、愛する技術を学ぼうとはしない。
愛とは、孤独な人間が孤独を癒そうとする営みであり、愛こそが現実の社会生活の中で、より幸福に生きるための最高の技術である。

という本です。


・愛は与えるものであり、もらうものではない

・愛の基本要素は尊敬と知である

・自分自身を信じている者のみ他人に対して誠実になれる


そう。

これ、痛みを抑える能力と同じ力です。

感情=扁桃体の暴走を抑える理性=前頭葉のはたらきです。

愛する能力がある人に、慢性の痛みはありません。

愛する能力の欠如と痛みを抑える能力の欠如は、安部塾的には同じなのです。


悪性ナルシシストは、いつも慢性の痛みを訴えています。

孤独だからです。

孤独が癒されれば、痛みは消えます。

孤独から逃れる方法には、

(1) 祝祭的興奮状態
(2) 集団への同調
(3) 創造的活動

などがあります。

しかし、これらは本当の解決にはなりません。

孤独を本当に解消できるやり方は、愛するということです。


私は、慢性の痛みを訴えている人は、愛する能力がない人だと考えています。


参加者向けに、キーワードをまとめてみました。


■世間の誤解を正す3つのポイント

・愛は、愛されることではなくて、愛することである。
・愛は、対象(相手)の問題ではなくて、能力の問題である。愛の対象は商品ではない。
・愛は、恋に落ちるというような瞬間的なものではなくて、持続的なものである。


■偽の愛=共棲的結合

マゾヒストは服従することでサディストに依存し、サディストは崇拝される=支配することでマゾヒストに依存するという共棲関係です。 お互いにもたれ合ってはいますが不健全です。


■生産的構えと非生産的構え

非生産的構えにおいては、与えてもらうことばかりを考えます。

生産的構えでは、自らを不断に高め、他者に与えることを考えます。


■成熟した愛

二人がそれぞれ自分自身を保ったまま、一つになります。

愛は与えるものであり、与えれば必ず何かが返ってきます。
愛とは、愛を生む力なのです。

人間に自己愛があるが、利己心へ向かわないように気をつける必要があります。
自己愛を、他者を愛する気持ちに高めることが大切です。


■人を愛するのに必要な性質

・配慮
・尊敬
・責任
・理解


■愛の前提条件

・規律
・集中
・忍耐
・ナルシシズムの克服=客観的に考える力を持つ
・信念と勇気
・能動性=能動的に学び取る気持ち


■信念と勇気

信念とは、自分を信じ、他者を信じること。
勇気とは、傷つくことを恐れずに愛すること。


今日から3日間、東京集中講座の「脳と言葉」で、愛について語り倒します。

お待ちしております。

2017年9月7日木曜日

人はやさしくなれれば、生きるこおとは楽になる。自分が生きることが苦しかったのは、やさしさがなかったから。

おすすめ本です。

やさしい人(愛蔵版)

p76 自分の好きなことがあるひとはお金や名声を脅迫的に求めない。
p81 自分の好きなことがない人は人と張り合っている
p108 心理的に健康な人が求めるのは一緒にいってホッとする人
p213 愛することで価値が生まれる。
p328 神経症的解決、復習的勝利。
p334 神経症的解決によっては本当の解決は得られない。

自分の心の中にやさしさがあれば、相手のやさしさは自ずと感じられる
やさしい人は、人を心で判断する。

やさしい人は、相手を嫌いなら、その人たちから離れる努力をする。
いつまでも嫌いな人たちに執着していない。
やさしい人は、好きな人や好きなことにこだわる。

引用ここまで


「やさしい人は、うつにならない」という言葉が素敵です。

「相手を理解できたとき、自分の心はやさしくなっている」という言葉も素敵です。


相手の気持ちをくみとれない人は、過剰な親切(余計なこと)をしがちです。

自分の売り込みとしての親切は、気が重くなります。

不満な人は、相手の気持ちをくみとれません。

義務感でするやさしい行為は、やさしい人のやさしい行為とは違うのです。


9月8・9・10日の安部塾東京集中講座の「脳と言葉」で、この本の解説をします。

購入が間に合う人は、ご用意ください。

2017年9月6日水曜日

慢性の痛みの原因は悪性ナルシシズムかもしれません~現実的なやさしさが痛みを消してくれます

不登校、精神病、依存症を真面目に考察するスレ

正常な脳と虐待された子の3歳の脳

不登校、精神病、依存症を真面目に考察するスレ

もしかしたら、慢性の痛みの原因となる扁桃体の暴走は、悪性ナルシシズムが根っこの原因なのかもしれないと思いました。


腰痛の脳と抑うつ状態の脳は、同じような状態になっています。

ナルシシズムが傷つくと、抑うつ状態になります。

怒りや悲しみを表現できる人は、腰痛にも抑うつ状態にもなりません。

攻撃性を相手に向けないで自分に向けると、抑うつ状態になります(腰痛も)。


腰痛とは、誇大な自我像が傷ついた状態の一形態なのかもしれません。

腰痛に限らず、慢性の痛みの多くも。


エーリッヒ・フロム先生は、良質のナルシシズムと悪性のナルシシズムを分けています。

悪性のナルシシズムを良質のナルシシズムに変えていくことを学べばよいとされています。


人類の歴史はナルシシズムとヒューマニズムの対立だそうです。

個人の成熟は、どれぐらいナルシシズムを乗り越えられるかによります。

集団の成熟も、どのぐらい集団ナルシシズムを乗り越えられるかによります。

ヒューマニズムとは、やさしさとか愛情とかいったイメージです。


ナルシシズムとは、「自分さえ良ければいい」という感じ方です。

相手を慮る度量がなく、劣等感を誇大な自我像への執着で癒そうとしてしまいます。


自分を愛することができた人は、自分には執着しなくなります。

自分を劣等なものと感じているからこそ、自己有力感にこだわるのです。


ナルシシズムの根っこには、劣等感、無力感、孤立感があります。

ナルシストは、それらにまともに対峙せず、安易な解決をしてしまいます。

相手を否定したり、自分の優位を誇張することで対処してしまうのです。

結果、人間関係に破壊的な影響を与えてしまいます。


根っこにある劣等感、無力感、孤立感から逃げない覚悟を決める必要があります。

根っこに直面できる覚悟と勇気を発揮した人だけが、ヒューマニズムへと移行できるのです。


慢性の痛みに対して、やさしさや思いやりや愛情をもつことが効果的だとされます。

現実的なやさしさの影響力は絶大なことは、経験的によくわかります。


明日の塾生講座で、現実的なやさしさを発揮している人たちに慢性痛がない理由の解説をします。

「私に共感できますか?」~相手との良好な関係を築けないナルシスト

相手との良好な関係を築けない人たちを、ずっと観察して生きてきました。

彼らには、「共感力」がありませんでした。

私は彼らに、「私に共感できますか?」と問いました。

彼らの答は、「できません」でした。


共感力が発揮できなければ、周りの人たちとの関係が破綻します。

共感力が発揮できないのは、ナルシストすぎるからです。

ナルシストは、賞賛を得るという目的に従って行動します。

自己否定・自己嫌悪の反動として、自分を特別な存在であると過大評価します。


下の図の現実の姿が、自己否定と自己嫌悪の対象となっている現実の自分です。

そして、水に映っている自分は、特別な存在としての妄想の自分です。

ナルシシズム

このため、まわりの人たちから、特別扱いされる必要が生じます。

まわりの人たちを、自分を賞賛させるために巻きこむのです。

自分を特別扱いする人は正しくて、しない人は間違っているのです。

結果、現実を捻じ曲げて解釈し、会話が成立しなくなります。


ナルシストに対してどう対処したらいいのでしょうか?

「上手に避けるか、完全に縁を切りなさい」と、アドバイスされています。

歪んだ誇大妄想に巻き込まれ、正常な判断ができなくなるからです。

できれば、最初からつながらないのが理想とされています。


つながった後だと、攻撃の対象となる場合があります。

彼らは、自分の見解を否定する人と敵対するからです。


親がナルシストだと、子供は愛情を受けて育つことができません。

ナルシストは自分の心の問題を自覚しないので、親は自分の問題だとは考えません。

子供が壊れたら、子供が悪いと主張します。

自分のナルシシズムが原因だとは、思いもしません。



話を戻して、ナルシストは賞賛を得ることしか考えていないのでうまくいきません。

うまくいっているように見せかけるのは得意です。

逆に、「不幸自慢」というめんどくさい「自分は特別な存在」アピールもあります。

いずれにしても、他者に共感するということはありません。


極々当たり前のことですが、他者の共感できないと詰みます。

本当の意味での尊敬と賞賛は、他者コントロールでは得られないのです。

自分をアピールすればするほど、誰からも相手にされなくなっていきます。

共感力を発揮できれば、充分すぎるほどに尊敬・賞賛されます。


9月8~10日の東京集中講座の「脳と言葉」で、詳しく解説します。

脳の機能を改善するためには、自分のナルシシズムの克服が不可欠です。

30年間におよぶ私の研究成果のすべてを語ります。

人生を明るく変えたい方、御参加お待ちしております。




ナルシストとはどんな人なのか。自分に向きがちな意識を外に向けるには?

自己愛性パーソナリティ障害の患者に多く見られる特徴の例としては、自己のアイデンティティを確立するのに他者からの承認を必要とする他者への共感や他者と打ち解けることが難しい他者と敵対する、などがあります。

ナルシシストは現実をゆがんだ形で捉えており(「認知のゆがみ」と言います)、周囲の人もしばしばそれに引きずり込まれてしまうからです。本物のナルシシストを見極める上でわかりやすいのは、彼らは「認知のゆがみを指摘されるのに耐えられない」ということです。「自分は偉大である」という考えに疑義を挟まれたり、それ以外にも何であれ自分の見解に反論されたりすると、ナルシシストは何らかの形で感情を爆発させます

本物を見分けるもう1つのサインは、その人の過去の人間関係に「破綻の痕跡」が認められるかどうかです。本物のナルシシストには、近づいてきた人の感情を傷つけた過去のある人が多いのです。ナルシシストには、誰かと本当に打ち解けた関係になれなかったり、共感力の欠如ゆえに、相手との関係を良くする行動が取れなかったりする傾向があるからです。

本物のナルシシストのサインの3つ目は、「自身の利益のために他者を利用する」という傾向です。本物のナルシシストにとって、自身にとってメリットのある結果が得られるのならば、そのための手段は何であれ正当化されます

引用ここまで

参考記事1 → 自分と世界を少しだけ幸せにするちから=「共感力」の鍛え方

参考記事2 → 「共感」と「同情」は似て非なるもの:落ち込んでいる相手を前にとるべき態度とは?


Twitterより














2017年9月5日火曜日

先人が積み重ねてきた学問的業績を学ばず、あるいは、無視して、自分勝手に考えることの弊害~神でなければ客でない

Twitterより






■先人が積み重ねてきた学問的業績を学ばず、あるいは、無視して、自分勝手に考えることの弊害

■勉強しないと僅かな知識だけでこの世を理解しようとするせいで、ありえない仕組みを仮定して「分からない」を埋め立て始める。分からない物の多さが分からないから何でも知ってる気分になってしまう。


私は、勉強不足な状態で考えることは、時間の無駄だと思います。

→ 下手の考え休むに似たり


長崎孔子廟 ひふみ拝礼 


私はよく塾生に語ります。

「先人たちが積み重ねてきた学問的業績に敬意を払いなさい」

「自分がなにもわかっていないことを、思い知りなさい」

わかっていないことがわかっていれば、どうにかなるからです。


先人たちに敬意を表すること=敬いの心を、態度や言葉で表現すること。


自分で考えるのは、それからだと思います。




地道に学問を積み重ねましょう。



私も、神でなければ客ではないと思います(笑)。