2017年3月18日土曜日

関節の構造~自分が正しいわけではないことを認めれば、他人を認めることができる。

今月の安部塾は、関節の応力・反力についての解説を重ねている。

塾生講座復習用画像を用意した。

肩甲上腕関節

股関節

その構造を理解できれば、丁寧に動かしたくなる。

雑に乱暴に関節を動かしてしまうのは、無知ゆえの愚行。

知性ある者は、その繊細さを理解して、丁寧に関節を動かす。

関節は、それぞれの骨の関係性によって成立している。

いわゆる「アタリをつける=なじませる」ように動かすようにできている。

何も知らない者は、平気で構造を破綻させる。

その結果がどうなるのかを、我が身で確認することになる。


一度壊れた関節機能は、二度と元通りにはならない。

その代償は大きい。


関節を壊してしまう思考がある。

「自分は正しい。周りが間違っている」という思い込み。

自分の正しさを、周りに認めさせようとする。

そうしている限り、周りを認めることができない。

その気持ちが、関節の動かし方に投影される。

正確に。


古事記という機能解剖学解説書の国生みに、こんなエピソードが書いてある。

その島に天降(あも)りまして、天の御柱(あめのみはしら)を見立て八尋殿(やひろどの)を見立てたまひき。
ここにその妹、伊耶那美命(いざなみのみこと)に問ひたまひしく、「汝(な)が身はいかに成れる」と問ひたまへば、答へたまはく、「吾(わ)が身は成り成りて、成り合はぬところ一處あり」とまをしたまひき。ここに伊耶那岐命(いざなぎのみこと)詔(の)りたまひしく、「我が身は成り成りて、成り餘れるところ一處あり。故(かれ)この吾が身の成り餘れる處を、汝が身の成り合はぬ處に刺し塞(ふた)ぎて、國土(くに)生み成さむと思ほすはいかに」とのりたまへば、伊耶那美命答へたまはく、「しか善けむ」とまをしたまひき。

(伊邪那岐命と伊耶那美命は)その島(淤能碁呂島)に天降って、天の御柱と八尋殿を建てました。
ここで、(伊耶那岐命が)妹の伊耶那美命に
「あなたの身体は、どのようにできていますか」
と問うと、伊耶那美命は
「私の身体には、成長して、成長していないところ(女陰のことを示す)が1ヶ所あります」
と答えました。そこで、伊邪那岐命は
「私の体には、成長して、成長し過ぎたところ(男根のことを示す)が1ヶ所あります。
そこで、
この私の成長し過ぎたところで、あなたの成長していないところを刺して塞いで、国土を生みたいと思います。
生むのはどうですか。」
と述べました。伊耶那美命は
「それはよいことでしょう」
と申しました。

引用ココまで


♂(凸)と♀(凹)。

お互いの違いを認めることで、関節は機能する。

お互いが凸では、関節面は傷ついて亀裂が入る。

中間のクッション構造が消え去り、骨と骨が直接ぶつかる。


人間関係において起きていることは、そのまま関節面に起きる。

コミュニケーション学と機能解剖学は、コインの裏表。

感情が筋肉に封印されるように、人間関係は関節面に投影される。

自分の正しさを認めさせようとする考え方が、関節を壊す。


人は、必ず間違いをおかす生き物だ。

この世に、間違わない者などいない。

間違いを修正し続けることが、「生きる」ということ。

先見の智慧をもつプロメテウスに学ぶことが、生きていくということなのだ。