2017年10月3日火曜日

弱かった子どもの自分を支配しようとした親は、愛さなくてもいい。親は、子どもから捨てられるのが仕事。 その責任から目をそらし、子どもから愛されようとする構え自体が虐待なの。

日本一醜い親への手紙
そんな親なら捨てちゃえば?

Twitterより







この本を、小学校1年生の時に読みたかったです。


「自尊心を守ってくれなかった親は、介護しなくていい」

自尊心を守ってくれた親に育てられた人には、わからない感覚かもしれません。


子どものときの自分を支配しようとした親なんて、愛さなくていいと思います。

いま現在も自尊心を守ってくれない親なんて、捨てていいと思います。


他者を支配しようとしない愛情関係。

支配されることに傷ついた経験がある人が、築きたがる関係です。


自分が共同体の長となったとき、支配服従関係を築かないこと。

それが、建設的な親離れだと、私は考えています。


醜い親の元に生まれるメリットは、支配が愛ではないことを実感できることにあります。

醜い親のお陰で、支配的な関係を築くことを自重することができるのです。


それ以外のメリットは、私には思いつけません。


人間関係がうまくいかないとき、親に対する怒りを自覚できていないことがあります。

ほんとうに怒りを向けるべき相手は親です。

親の立場に近い存在=先生でも上司でもありません。

親に対する怒りを自覚できれば、現実の人間関係は円滑になります。


親に壊された脳は、自分で修復するしかありません。

醜い親は、それを全力で阻止しようとするでしょう。

自分がいないといけない状態=必要とされる状態にしておきたいから。

それがただの虐待である自覚は、醜い親にはありません。


醜い親に対する怒りの発散方法は、外の世界の人たちを愛することです。

そして、支配服従関係(偽りの愛の関係)を築かないことです。

愛の技術を学び、他者を愛することです。

醜い親がいない方がしあわせに生きていけるという現実を具現化することです。


それでもなお、醜い親は変わらないかもしれません。

いや、変わらないでしょう。

それくらいで変わるくらいなら、子どもの自尊心を守ってくれたはずですから。

醜い親は、自分にしか関心がないのです。


だから、きれいさっぱり諦めてしまいましょう。


諦めきれない心の弱い人には、この本が救いになるかもしれません。


日本一醜い親への手紙
そんな親なら捨てちゃえば?


醜い親は、死ぬまで子どもに関心を持てません。

それはそれでかわいそうなことではあるのですが、巻き込まれる必要はありません。

醜い親の人生の責任は、醜い親自身にあるのですから。

罪悪感など、感じる必要は1ミクロンもありません。


醜い親が美しい親になるのは、醜い親自身の課題です。

子どもの課題ではありません。


そもそもが、子どもを罪悪感で支配しようとした親が醜いのです。

美しい親は、子どもを罪悪感で支配しないのです。


いま現在の私の醜い性質はすべて、安部家代々受け継がれてきた心の歪みです。

私の課題は、それらの醜い性質を美しくすることです。

死ぬまで取り組んでも解消などできやしませんが、面白いのでやろうと思います。

できる限り、美しく死にたいので(笑)。


こんなにも醜い私ですが、たくさんの人たちから愛されています。

醜い親に育てられるメリットは、ここにあります。

醜い私だからこそ、愛されるのです。

自分の醜さを受けいれることさえできれば、自分の手が届く範囲の世界は変わります。


とはいえ、私は親に甘すぎですが(笑)。